家族で乗り越えた民宿の仕事

ダウン症の息子が教えてくれた家族の大切さ


松原地区 民宿なかよし家

女将 中村 久美子さん

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INTERVIEW

美浜に戻るのは定年後だった

民宿なかよし家(なかよしや)の女将、中村久美子さんは小浜から美浜へお嫁にきました。ご主人の叔母さんと久美子さんの叔母さんがお隣さんだったことから、一度会ってみないかとご縁がつながり結婚へ。当時ご主人は大阪の会社に勤めており、定年するまで美浜に戻る予定はなかったそう。だが長男が生まれると、ご主人の両親から「早く帰ってきて家を継いでほしい」とお呼びがかかり、長男が小学校へ入学するタイミングで美浜へ戻りました。

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INTERVIEW

民宿を続けることができない

当時ご主人の実家は農業をされており、海水浴ブームで宿泊の場所が少ない中、昭和45年ご主人のお母さんが民宿を始めました。ご主人と久美子さんが53年に美浜に戻り、ご主人は勤めに、久美子さんはお姑さんと一緒に宿仕事を手伝うことに。銀行に勤めていた経験から会計の仕事は真っ先に任され、お姑さんは「あ~楽になった」と喜ばれたとか。さらに宿仕事の間に料理講習に出かけたり、自身で料理の勉強をしたり、お姑さんと二人三脚で宿を切り盛りしてきました。

3人の子供に恵まれた久美子さん、しかし美浜に戻って9年目に授かった三男は、ダウン症という障がいを持って生まれてきました。当時は「民宿を続けることが出来ないかも」と迷い、しんどい時もあったそうですが、家族の助けがあって今まで続けることが出来ました。


我が家の宝

三男環くんは「たまちゃん」と呼ばれ、地域の中でたくさんの人たちに支えられ、家では民宿の手伝いもしながら元気いっぱい生活しています。久美子さんは「たとえ障がいがあっても地域の中でみんなと共に育てたい」と、小・中学校は地元の学校を希望し、たまちゃんを近所の子供さんと一緒に通わせました。いろいろあったけれど、周りの子供たちは普通に接してくれ、今でも声をかけてくれるそうです。また、積極的にいろんな活動に参加させ、障がいへの理解を深めてもらうよう努めています。次男さんが作った「たまちゃん~地域の中で生きる~」と題したホームページやブログで日々の様子を情報発信もしています。「共に生きる社会になるためには、小さいときから一緒に育ちあうことが大切」と、久美子さんは力を込めて言います。

障害を持つ子供を育てているご家族は、外食することも、旅行に行くことも難しいと悩んでいます。そんな悩みを持った方が宿泊に来られ、家族旅行や海水浴を楽しむ様子が口コミで広がり、民宿なかよし家では、共通の悩みを共有できる場所にもなりました。新鮮な魚、ご主人が育てた採れたて野菜、梅干しや漬物は自家製。たまちゃんを通してたくさんの人と知り合い、出会いやご縁があふれる民宿なかよし家。家族それぞれの得意分野を生かした仲良し家族がきりもりする宿として親しまれています。

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INTERVIEW

民宿なかよし家


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